耐摩耗目的のクロムめっき(一般に「硬質クロム」)は、表面硬さ・摩擦特性・耐食のバランスを設計すると効果が最大化します。ここでは、設計時に外せない視点・図面記載のコツ・形状別対策と、代表的な適用事例を要点整理します。
ポイント
- 硬さだけで選ばない:相手材・潤滑条件・粗さを含めたトライボ設計が要。
- 形状配慮が寿命を左右:エッジR・面粗さ・排液/治具設計で厚みムラと焼けを抑える。
- 図面は「めっき後寸法・測定点・除外部位」明記:解釈差による手戻りを防ぐ。
設計の基本視点(チェックリスト)
- 目的の明確化:摩耗低減/寸法復元/腐食摩耗対策/摺動の初期なじみ改善。
- 相手条件:相手材の硬さ・表面処理・潤滑(有/無・粘度・供給)。
- 形状特性:外径・内径・溝・穴・角の有無、長尺/細径の有無。
- 表面粗さ:Raとリード(加工目)方向。鏡面一択ではなく用途で最適粗さを選定。
- 後加工:めっき後の研磨/ラップ有無(寸法・形状精度の要求)。
- 基材と熱履歴:高強度鋼は水素脆化に留意(低温ベーク検討)。
層構成と前処理
- 前処理:脱脂→活性化→必要に応じストライクNiで密着確保。焼けや酸化膜は機械+化学で除去。
- 下地:寸法復元やピンホール低減が必要なら下地Niや中間層を検討。
- 硬質クロム層:用途に応じて膜厚・粗さ・微細割れ(クラック)特性を最適化。(一律値は設備や用途で大きく変わるため本記事では提示していません)
形状別の設計・治具のコツ(早見表)
| 形状/部位 | 起きやすい課題 | 対策 |
|---|
| 外径・シャフト | 角の過厚・焼け、テーパ厚み | 軽い面取りR、補助電極、姿勢・極間最適化、後段で研磨 |
| 内径・ブッシュ | 回り込み不足、排液不良 | 補助電極の挿入、排液/排気穴、揺動・循環強化 |
| 溝・キー溝 | 底部薄付・側壁ムラ | 電流分布を意識した治具、段階電流、粗さ整え |
| 鋭角エッジ | 焼け・マイクロクラック集中 | エッジR付け、低電流立ち上げ、必要に応じ下地で緩衝 |
| 長尺・細径 | 偏肉、曲がり | 支持点増設、回転・往復機構、低応力浴・温度管理 |
摩耗モード別の最適化ポイント
- アブレシブ摩耗(固体粒子/粉じん):硬さと適正粗さ、潤滑の粉排出性を両立。溝やポケットで逃がす設計も有効。
- 凝着摩耗(焼付き傾向):相手材との組み合わせと粗さが重要。過度な鏡面は凝着を招く場合があるため、微細粗さで油膜保持を狙う。
- 腐食摩耗(湿潤・塩分):保護皮膜や下地Niの併用、メンテ間隔短縮、保管環境の管理。
検査・評価の決め方
- 寸法・形状:めっき後寸法を基準化。円筒度・真円度が必要なら測定方法も明記。
- 膜厚:代表点A/B/Cで測定(XRFなど)。内径は方法・治具を固定。
- 表面粗さ:Raと走査方向(軸方向/周方向)を図面指示。
- 外観:ピット/焼け/スジの基準、検査距離・照度を取り決め。
- 密着(簡易):曲げ/テープ等の方法と合否基準を事前合意。
図面・見積にそのまま使える雛形
(例)
仕様:硬質クロムめっき/必要に応じ下地Ni。
寸法:図面寸法はめっき後基準。
膜厚:測定点A,B,Cにて Cr t=○μm以上(エッジ±××mm除外)。
粗さ:Ra=○.○ μm(測定方向=軸/周)、見せ面はラップ仕上げ。
検査:外観、膜厚(XRF)、必要に応じ寸法・粗さ・密着。
形状配慮:エッジR≈××、排液/排気穴検討。治具痕は非見せ面側。
適用事例
- 油圧シリンダーロッド:耐摩耗と耐食を両立。後段の研磨で面精度を確保。
- ポンプシャフト・バルブスプール:摺動部の摩耗低減と寸法安定。
- 金型部品(ピン/スリーブ):離型・摩耗対策。相手材・潤滑に合わせ粗さ最適化。
- ロール・ガイド:表面硬化+微細粗さで搬送傷を抑制。
- 修復・寸法復元:摩耗部のビルドアップ→研磨で規格寸法へ。
よくある不具合と対策
| 症状 | 主因の例 | 対策 |
|---|
| 角の焼け・過厚 | 電流集中、エッジ鋭角 | 面取りR、補助電極、低電流立ち上げ |
| 内径の薄付・ムラ | 回り込み不足、排液不良 | 補助電極・姿勢最適化、排液穴、循環強化 |
| 凝着・鳴き | 粗さ・潤滑不適合 | 粗さレンジの見直し、潤滑条件の最適化 |
| 早期摩耗 | 相手材硬さ不均衡、異物噛み | 相手材/処理の見直し、シール・清浄度向上 |
| 剥離・ブリスター | 前処理不足、水素脆化 | 前処理強化、低温ベーク、搬送短縮 |
Q&A
Q. 鏡面にすれば必ず長寿命ですか?
用途次第です。凝着傾向がある摺動では、油膜保持のため微細粗さが有利な場合があります。
Q. 標準の膜厚や硬さは?
設備・形状・用途で大きく変わるため、一律の標準値は本記事では確認できていません。要求性能から逆算して指定してください。
Q. 硬質クロム以外の選択肢は?
HVOF溶射、PVD/DLCなどが候補です。温度影響・密着・コスト・形状制約を比較して選定します。
免責・不明点
- 本記事は一般的な設計指針の整理です。膜厚・粗さ・条件・価格・納期は品物・設備で変動します。
- 規格や試験法は改定されるため、運用時は最新の原典をご確認ください。
- 数値の一律標準は用途差が大きく、本記事では確認できていません。試作で最適化してください。
最終更新:2025年12月1日(日本時間)。